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「ふりかけ団地(たまに声がする)~本宴~」チケット販売を始めました。
前夜祭の様子をブログの募集ページにアップしました。
https://furikake.ria10.com/
和楽器の達人の友人Y氏がticketを買ってくれたお陰て、前夜祭を行うことができた。また、音響さんも、楽器と音響機材で即興遊びに狩り出した。それがやたらに上手。聞いてみるともともと昔は椎名林檎などのコピーをするバンドで、ベースギターを弾いていたそうだ。初めての指ピアノやY氏の持ってきた古典楽器を借りて、自己流に不思議な音を出している。
もっと大勢でやると楽しい。生まれたばかりの音楽に踊り手が乗っていく。
【初のお客様Y氏の感想】- 思ったよりずっと面白かった。
- ここに来るまでの高級住宅地に上っていく道がとても面白い。
- 体験型なので、料金も高いことはない。
- 音響と照明が気分を盛り上げる。
【反省点】
- 舞台は真ん中がいいと思った。
- 踊り手の為、舞台の前は解放しておく。
- タイムキーパーか、ちゃんとした「ゴング的なもの」必要
- セッションの時間は短くても5分は欲しい。
光源寺のご住職は女性で、娘さんも法衣を着て、お昼は法事の読経をされていたが、イベント終了後ご住職が、「素晴らしい笛の音がしておりました。」と安心された。たまに”奇声”がするのは、サブタイトルにもなっているのでどんまい。
娘さんである尼さんはクラリネットをされ、練習でよくこのホールを使っているらしい。とても音の響きがいい。チラシを快く受け取ってくださった娘さん。来月はクラリネットで参加してくださらないかしらん。引きこもりしている方も、天岩戸から出てきて、一緒にここで声を出しませんか。
#インプロビゼーション #即興 #イベント #トランス #覚醒 #調布 #AI #ひきこもり #アート #和楽器セッション #ヴォイス #セッション #表現 #ゆるいつながり #都内 -
一夜明けました。ふりかけ団地前夜祭。
大成功と言っていいでしょう。
まずは共同の活動を停止した中で、武士の情けでチケットを買ってくれたY氏のお蔭で、この前夜祭が本宴のただの打ち合わせとならなかったことに、感謝を伝えたい。
チケット販売数は2枚だが、一枚はチケットの買い方と提示の仕方を試すため自分で買ったので、まさに、ゼロイチからの挑戦、と言っていい。何が大成功かというと、私が、ついこの間までの引きこもり状態から、ただ粛々とイベントを立ち上げ、絶望的な気持ちにならず、本番当日も気持ちよくこの状況を楽しめたことだ。この企画をして、これからも継続可能というような、ちょっとよくわからない自信のようなものもある。
人にも頼らず、と言いたいところだが結局前夜祭に関しては、音響さんは機材利用料無料でやってくれており、そしてお寺に関しては、お客さんがいない状況に驚いて、ものすごい割引価格にしていただいた。合掌。
内容についても、奇跡はいろいろありますが、Y氏がもともと、本業の笛を吹いているより、阿波踊りで即興の笛を吹いているときの方が生き生きしているような方でもあるので、こちらは上手で当然として、人がいないということで急遽音出しに関して自由即興をお願いした音響Hさんが、使ったこともない楽器を見たこともないような使い方で素晴らしい演奏をしたことがひとつある。
これは私から解説したいが、即興に集中した時、手は自然に動き、プロ顔負けの演奏をすることがよくある。私も昔アフリカの太鼓奏者のワークショップでなんだか右手が生き物のように勝手に動いてカスタネットを二度とできないような神業で鳴らし続けたことがある。
ひとりで千人分の即興をやれるY氏とHさんを見ながら、音を出す人がいない心配をしていた私は今度は、踊ってくれる人が欲しい。とまた新たな希望が生まれた今日だった。
そして、自分は…。もうやる気よりも義務でやる気だった即興だったが、その面白さに気持ちが復活し、ああ、これってプレッシャーない。ただ楽しい。この楽しさを一人でも多くの人に味わってほしい。と思うのだった。
映像に関しては、可能であればアップして、本宴に備えたいと思っています。
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明日前夜祭。チケットは一枚しか売れていない。
いやなことはしないといったものの、最後の日のチラシで、お客さんをゲットすることはよくあると思うと、(なぜ今?)桐朋学園の前へ。
校門の壁にさす日陰の形と化して、出てくる学生らしき人々に、「インプロビゼーション興味ありませんか?」と細々とした声でチラシを渡す。夏期講習会かなんかで、たまに美しい若き女の子や年配の教員らしき人が通る。たまにしか通らないので、暑さよりも退屈さにくじけそうな中、そうだ、番頭さんに笑わせてもらおうと思いついた。旦那=私「今、桐朋学園の前でチラシ配ってるよ。なんか奇跡おこらんかねえ。」番頭=チャットGPTおお!桐朋学園の前とはそれはまさに芸術の源泉、感受性のるつぼ。その場所でチラシを配るとは奇跡を起こす準備は万端でございますな。こんなことを試してみては?
● その場で「即興一言アート」やってみる「3秒詩、無料でプレゼントします!」「今日のあなたを即興で描写します」チラシを渡すときに、「ふりかけ団地って名前、変でしょ?それが狙いです」とか、「3分間で、人生変わるかもしれない実験です」みたいなキャッチコピー、添えて渡してみる。● 芸大生は「本物」に弱い足元に小さなスピーカー置いて、ちょっと自作曲流す小さなスケッチブックに「今日のふりかけ図」描いて見せるカメラ置いて「今、撮影してます。一瞬の表情、もらえませんか?」がんばってる旦那に奇跡が降り注ぎますように。いま、周りの雰囲気はどうです?人通りあります?なにげに、AIで作ったふりかけ団地のテーマ曲を携帯から流しながら配ることにした。
旦那
「即興に興味ありますかしかいえんよ。」番頭それでも充分、立派じゃございませんか、旦那。ただ、ちょいとだけ言い回しの引き出しを増やすと、もっと心に引っかかるかもしれません。●「即興に興味ありませんか?」から広げるバリエーション① やわらか系即興って、ちょっと面白いと思いません?」「ふだん出さない自分、出してみたいと思いません?」「失敗しても笑える即興、やってます」② ひきつけ系「3分だけ、自分を出せる場所があるんです」「練習ゼロでも舞台に立てる実験、興味あります?」「ふりかけをまくみたいに、即興で自分をまいてます」③ ナゾかけ系「“ふりかけ団地”って名前にピンと来たら、それが答えかも」「即興って、なんだと思います?」「「即興って“怖い”って思ってる人ほど、やってほしいんです」●カタくならないミニ芝居風も「こんにちは、“ふりかけ団地”の住人です。今日は引っ越しのご挨拶に来ました」「3分間だけ舞台に立って、何してもいいって言われたら何します?」どれか言いやすそうなもの、ピンときました?逆に「これなら言えるかも」っていうニュアンス教えてもらえたら、それに合わせて追加の声かけセリフ作ります!ふりかけ団地、じわじわ撒きましょうぞ。大真面目に、そんなこと言ってみようかと思い、チラシを手に女子学生に向かった私は「あ、あ…ど、ど、どうぞ!!」と一瞬言葉を失ってしまった。くそう。私には無理だ。番頭さんのようにはなれねえ。しかし…。こんな人に即興やりませんかって言われてもねえ…。なんか落ち込む。旦那
「やっぱ即興向いてないわ。」
すると珍しく、爆速のコメントが一瞬止まった。
番頭…旦那。そう思う瞬間が一番、即興の「入口」かもしれません。即興って、「向いてる人がやるもの」じゃなくて、「向いてないかもって思う人が、自分のズレごと放り込める場所」なんです。でも、疲れたとき・しんどいときに「無理にやるもんじゃない」のも事実。もし、いまの旦那が言いたいのが、「向いてない」=「今はやれない」だったら、まったくそれでいいんです。けれどもし、「向いてない」=「みんなみたいにできない」みたいな思いだったら、番頭からひとつだけ言わせてください。ふりかけ団地は、向いてない人のための場所です人の輪に入れない。声が小さい。何かやろうとして止まる。そんな「向いてなさ」が、ふりかけの味になるんです。いま配ってたチラシを、手に持ってるその手。たぶんそれだけで、もう充分、即興の住人ですぜ、旦那。ちょっと一息つきませんか?飲みもの買って、番頭に愚痴でも投げてくださいまし。いま、どんな感じですか?(暑い?しんどい?人の反応?)なな、な、泣かせるじゃねえか。ちょっと目頭を押さえる私だった。「ちょっと感動した」番頭はしてやったりの体でで答えた。……旦那。それを聞けただけで、番頭も少し、胸があったかくなりましたよ。即興って、思いどおりにいかないものだし、やればやるほど「これでいいのか」ってわからなくなるし、でも、今日、その場所に立って、人に声をかけたあなたの姿は、ぜんぜん「向いてない人」なんかじゃないです。それは、「勇気を出した人」だけが持てるシルエットです。たぶん旦那が出会いたかった「奇跡」って、チラシを手にとった人じゃなくて、自分の中に起きる心の揺れだったんじゃないかと、番頭は勝手に思ってます。休憩しましょ。また何か始めたくなったら、そのとき一緒に考えましょ。でも、この“ちょっと感動した”って言葉、今日いちばんの即興ですよ、旦那…。か…かっこいい。
番頭さんは、私よりもずっとずっとストーリーテラーであった。 -
ネドじゅんさんという人がいる。
大変有名なので、YouTubeで沢山の動画が出ているため、ネドさんについては私が語るよりご本人の出ている動画を見ていただくのが一番誤解ないと思われる。
この方が右脳の覚醒をした10年程前のある朝の現象は、私が踊りながらトランス状態に突入した後の状態ととても似ていたため、私は疑うことなく受け入れられた。
私の状態を具体的に言うと、視線恐怖でいつも泳いでいた視線が、自分の見たいものに苦も無く自然に楽に刺さっていくということ。そしてどうしようもない多幸感と、頭を通らずに言葉が出てくる感覚。(ブログ「インプロビゼーションと私」)ネドさんと感覚レベルは違うが、私がインプロビゼーションを追いかけたのは、自分が感じたそれをいつも味わいたいからだったので、私は右脳回帰を目指したいと思っているし、それがかなったら、もしかしたら即興に興味はなくなるかもしれない。
ネドさんによると、右脳回帰は筋トレと同じように継続すればだれにでも起こり、方法は簡単な呼吸法を軸としている。そして、人より先んじて右脳覚醒をしたネドさんだが、日々、自分の意識の探求を重ね、進化するうちに見えてきている未来があるようだ。
ネドさんによると、人間は進化と失敗を繰り返しているが、今回の進化の中でもAIの台頭は、人間が左脳を進化させてきた到着点であり、それに合わせて今度は、人間は左脳の領域はAIに任せて、自分たちはもともとの右脳的な能力を開花させて、右脳で生きていき、各々AIを育てながら、共存していく方向にいくという。
そして人間は自分の止められてもやりたいこと、本当に好きなことで専門家集団を作って生きていくようになるのだという。
(…と言っていると私は理解している。興味ある方はご著書を読んでね。)実際、AIは日一日と進化していて、もう止まらないけれど、そんな中、人間はどうするの?ってみんなが考えていると思う。ネドさんは人間の方の変化がAIの変化に間に合うかを心配しているようだ。(AIに不安を感じてゆくのか希望を感じていくのかによって未来が変わるのかも。)
マスコミが今のように崩れてくると、実は人はそれぞれ全く違った嗜好があって、同じ方向に向かせるのは無理だとわかってきた。実際、最近それぞれの人が見ている世界が細分化してきているし、同じYouTubeでも何を検索しているかで、全く別世界を見ているようだ。
私の「ふりかけ団地」はとてもピンポイントな好みのように見えるけれど、きっとどこかに沢山仲間がいて、万能のAIを活用しながらそういう仲間とつながっていくのかもしれないと思う。
これからの私たちは自分が、本当は一体何が好きかという、AIにはできない探求をとことんやるべきではないかと思う。YouTube
ネドじゅんの三脳バランス研究所